マンションのメールボックスを開けたら見知らぬ鍵が入っていた

しがない小説家のわたしが住んでいるマンションのメールボックスは、管理人室のすぐ隣にある。おかげで管理人さんが留守をしていない限り、余計なチラシなんかが山ほど投函されるなんてことは起きないが、それでも何日か放置しておくと郵便物を含むさまざまなもので溢れかえっている。これだけスマートフォンやインターネットが普及した時代においても、郵便という手段を利用した物事が多いのだと実感する場面だ。

さてそんなメールボックスが、便利なものだと感じたことが先日あった。わたしが久しぶりに自室のメールボックスを開け、余計なチラシから重要な郵便物まで、大量にたっぷりと抱え込んで部屋まで戻ったときのこと、大量の紙情報のなかから金属の小物が現れた。
鍵だった。

さてこれはどこの鍵で、だれがどのような意図でわたしのメールボックスに入れたのか。スコッチを片手にわたしは考えはじめた。これでも物書きのはしくれとして、このネタで何か一本原稿が上げられるんじゃないかと思ったわけだ。
組織に追われる男が、自分の命と引き換えに守りたかった鍵は、偶然逃げ込んだマンションのメールボックスのなかに投げ込まれた。鍵を探す組織と、鍵を取り返そうとする女が、偶然手に入れた少年と三つ巴の戦いを繰り広げる。

大した話は思い浮かびそうもないので、わたしはその鍵を管理人室に届けることにした。ところが管理人室へ行く途中のメールボックスで、わたしのボックス付近を覗き込む不審人物を発見した。女性だった。喧嘩した彼に合鍵を返したつもりが、あとから入れるボックスを間違えたことに気が付いたらしい。
顔も見ないで別れを告げる道具としてメールボックスが使われたわけだが、その男性住民はすでに一週間前に引っ越していた。
別れを告げる前に「逃げられた」と知った彼女は、途端に彼の行方を管理人に聞きはじめた。女心をもう少し勉強しないと、良い小説は書けないかもしれないなと思った。